あらすじ
処刑されたはずの医聖・華佗が筆を執る。「書物は誤りも伝える。ならば私が、この目で見た男の話を語り直そう」——単家(寒門)に生まれた若者、徐庶元直の物語である。
潁川の貧家に生まれた徐庶は、剣に生き任侠に明け暮れたが、捕縛の際に誰一人彼を売らなかった人の情に打たれ、剣を捨て学問の道へ入る。戦乱を逃れた荊州で、諸葛亮・石韜・孟建・崔州平・向朗ら生涯の友と出会い、若者たちは乱世にどの道を選ぶかを星空の下で論じ合う。
やがて新野に来た劉備にその器を見出だし、自ら軍師として仕えた徐庶は、初陣で曹仁の大軍を破り、「私の十倍の男がいる」と諸葛亮を推薦、三顧の礼へと導く。だが曹操の南征が始まり、長坂の乱戦で母が敵中に取り残される。史実ではここで母を追い、劉備の元を去った徐庶——しかし本作では、かつての任侠の仲間と流浪の医者・華佗の手を借りて母を救い出す。「方寸、乱れず」。歴史はここで静かに枝分かれする。
残留した徐庶は赤壁を支え、入蜀では龐統の落命を防ぐ。鳳雛が生き、臥竜は荊州を離れずに済み、関羽の悲劇も夷陵の敗戦も起こらない。人材の揃った蜀で、徐庶は新たな国家戦略を献じる——天下三分は人なき時代の守りの計。いま問うべきは鼎立ではなく、魏を斃す道である。魏の力の源は穀倉・河北の地。呉と「天下二分」を密約し、表では諸葛亮と呉軍が魏の主力を釘付けにする間、徐庶は敵地深く潜り、圧政に苦しむ河北の民、袁氏の旧臣、北辺の諸族を繋いで、魏の背後に火を放つ。立ちはだかるのは、魏の重臣となった旧友・孟建と石韜。友情と知略が戦場を挟んで交錯する。
河北は内から崩れ、魏は倒れる。だが裏の戦線は徐庶の体を蝕んでいた。漢の旗が中原に還る日を見届け、母を見送り、「あとのことは、あとの者が決めればよい」と言い残して、単家の龍は静かに病に斃れる。奇しくもそれは、史実で臥竜が五丈原に散ったはずの年であった。
後日譚は華佗が語る。大きくなった蜀漢はかつての魏と同じ道をたどり、やがて呉を平らげ天下を統一したこと。彭城に碑が、膠南の海辺になぜか廟が建ったこと。「歴史に死を記された者だけが、歴史の外で自由になる。私も、あの坊やもだ」——処刑されたはずの医者は微笑み、静かに筆を置く。