あらすじ

会議が終わった直後、桐生玲奈のスマホが鳴った。会議室を出たばかりで、腕にはノートパソコンを抱えたままだった。画面には次の資金調達審査に使う資料が開いたままになっている。着信表示は、白金台にある美容クリニックの番号だった。 「桐生玲奈様でいらっしゃいますか。こちら、白金台美容クリニックでございます。先日、小宮山心愛様が桐生様名義の家族カードでお支払いになった施術の件で、次回のご予約も高橋様のご連絡先でよろしいか、確認のお電話を差し上げました」  玲奈は足を止めた。廊下の突き当たりにあるガラス窓に、自分の顔が映っている。化粧は崩れていないのに、表情だけが少しずつ冷えていった。 「……どなたの予約ですか?」 「小宮山心愛様でございます。桐生様と高橋悠真様もご存じだとうかがっておりますので、費用は追加カードで、と」  高橋悠真は、玲奈と三年同居している事実婚の相手だった。婚姻届こそ出していないが、周囲には婚約者として紹介していた。起業当初、資金繰りに苦しんでいた悠真のために、玲奈は自分名義のクレジットカードに追加カードを発行し、彼に持たせていた。接待や会社の急な支払いに使えるようにするためだった。  あのカードは、もう形だけのものだと思っていた。  それが今も、別の女のために使われていたなんて。 「予約はキャンセルしてください。その追加カードも、本日中に利用停止にします」  電話の向こうでスタッフが一瞬言葉に詰まり、慌てて謝罪した。玲奈は最後まで聞かずに通話を切った。二分もしないうちに、今度は別の番号から着信が入った。 「桐生様でいらっしゃいますか。こちら、星見丘別荘地管理事務所でございます。九号棟につきまして、本日夜、誕生日パーティー用のケータリング車両と花束配送の入場申請が出ております。申請者は小宮山心愛様です。九号棟の所有者様のご連絡先が桐生様のままですので、規定により確認のお電話を差し上げました」 「誕生日パーティー?」 「はい。備考欄には、高橋様が小宮山様のためにご用意されたサプライズ、と記載されております」  その瞬間、玲奈は小さく笑った。星見丘別荘地九号棟は、悠真と暮らし始めた頃に買った家だった。彼の母親の体調が悪く、老後くらい静かな場所で過ごさせたいと言われ、玲奈は自分の貯金で頭金を出した。名義は玲奈のまま、高橋家に使わせていた。  その家で、彼は別の女の誕生日を祝おうとしている。  玲奈は窓辺に寄り、ゆっくり目を閉じた。数秒後、悠真に電話をかける。出たのは彼ではなく、甘すぎる女の声だった。 「玲奈さん? すみません、さっきユキちゃんをペットサロンに連れていったついでに、登録の電話番号を私のものに変えておいたんです」  語尾がわずかに跳ねる。謝っているようで、勝ち誇っているようでもあった。 「悠真、今シャワー中です。呼びましょうか?」  玲奈は二秒だけ黙った。  そして通話を切り、スマホの銀行アプリを開いた。その場で追加カードを利用停止にした。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
カクヨム
カクヨム2026/07/19
  • 現在の作品私のカードで浮気相手に貢いでいた婚約者、追加カードを止めた日、彼の会社まで止まりました