あらすじ
母の四十九日を終えた翌日の夕方、十九歳の天城カナタは異世界の森で目を覚ます。
最後の記憶は、日本の横断歩道。能力鑑定は空白。なのに身体だけは、魔法も怪物も「一度倒したことがある」ように動いた。
そしてカナタは、曲がった蝶番、軋む床、緩んだ剣の柄を見つけると、危機の最中でも直さずにいられない。壊れた物は直せる。何でも直そうとするその癖が、家族の人生まで勝手に決める弱さにつながっていた。
森で出会った宿屋の少女ミアは、初対面のはずのカナタの名を知り、泣きながら「おかえり」と告げる。鍛冶師は彼専用の剣を持ち、王女は忘れられた告白をのみ込み、聖騎士は親友として彼を殺しに来る。
彼らは全員、何かを覚えている。だが真実を話そうとした瞬間、その記憶は黒く焼かれる。
これは、世界を一度救ったことさえ忘れた最強の青年と、彼だけを忘れられなかった仲間たちが、過去を答えにせず、もう一度家族になる物語。
ただしカナタが戦うのは、世界の敵だけではない。仲間が懐かしむ「一周目の自分」に嫉妬し、過去を忘れて今の自分だけを選んでほしいと願ってしまう。死者なら、明日の失敗で嫌われることもない。その羨望を抱えたまま、過去を消さずに家族になれるのか。
そして二度目の滅亡が来る時、カナタが欲しいのは英雄の墓ではない。
戦いのあと、自分で麦穂亭の戸を開けて「ただいま」と言える明日だった。