あらすじ
あらすじ
三百年前の江戸に、お千代という女がいた。
病んだ者、疲れた者を食で手当てし、一冊の帳面に書き残した、名も無き記録者。
その料理帳は今も、東京・谷中の路地の奥、小さな薬膳茶房で静かに受け継がれている。
「まあ、年齢のせいでしょう」
医者にそう片づけられ、心も体も冷え切った編集者・瀬川佐和子。四十二歳。
仕事に追われ、眠れず、疲弊している。そんな彼女が雨の日に迷い込んだのが、その店だった。
お品書きはない。
店主が客の心と体を見て、ただ黙って一杯を差し出す。
こわばった体をほどく、あたたかな薬膳。
そしてその湯気の向こうに、三百年前同じ料理で救われた、見知らぬ誰かの姿が浮かびあがる。
救われた者が、いつかまた誰かを救う。
その目に見えない手渡しは、時を超えて、疲れた佐和子のもとにも静かに届く。
体と心は繋がっている。
弱ることは悪いことじゃない。
季節を巡る、薬膳とひとさじの奇跡。
ちいさな救いの、連作短編です。
登場人物
瀬川佐和子(せがわ さわこ)
文芸誌の編集者。四十二歳。二十年、仕事一筋で走り続けてきた。
「寝食を忘れて働くのが美徳」と信じてきたが、心も体も限界を迎えつつある。
谷中の路地で、薬膳茶房『時巡り』と出会う。
店主
薬膳茶房『時巡り』をひとりで切り盛りする女性。
年齢も、来し方も、多くを語らない。
客の心と体を見抜き、その人に必要な一杯を静かに差し出す。
帳場に置かれた古い一冊の料理帳を、大切に守っている。
お千代(おちよ)
三百年前、江戸に生きた女。
人々を手当てし、その食べもののこしらえ方を一冊の料理帳に書き残した記録者。
佐和子が湯気の向こうに垣間見る、遠い過去の面影。