あらすじ
婚約披露の席で、加護刺繍師エレナは婚約者ガレスから命じられた。
「幸運を呼ぶ刺繍を、愛人クラリスのドレスへ移してくれ」
三年間、彼の成功を願って針を持ち続けたエレナ。しかしガレスが欲しいのは刺繍の力だけで、彼女の名前ではなかった。
「では、私のものだけ持ってまいります」
エレナは礼服に隠した最後の一目を切り、自分が祝福を込めた銀糸をすべて抜いて婚約を解消する。
母の工房へ戻った彼女を待っていたのは、作品から名前を消された弟子たちと、王立工房の審査役ユアンだった。王家の継承儀礼で、ガレスがクラリスを加護刺繍の作者として披露すると知ったエレナは、奪われた全員の名前を取り戻すため、公開実演の壇上へ立つ。
加護刺繍は、模様をまねるだけでは光らない。最後の一目に込めた願いと、布裏の花結びだけが、真の作者を証明する。
これは、偽物と呼ばれた刺繍師が自分の糸と名前を取り戻し、対等に言葉を聞いてくれる人と、新しい人生を縫い始める物語。