あらすじ
藍の暖簾
人が立ち止まると、季節が語りはじめる。
山へ向かう古い道の途中。
最後から三軒目の家に、一枚の藍色の暖簾が掛かっている。
看板はない。
営業時間も決まっていない。
何屋なのかと聞かれても、店主自身うまく答えられない。
父は、身近な草花を使った薬草茶を淹れる。
倅は、バリスタとしてコーヒーを淹れる。
ヨモギ、ドクダミ、桑の葉、柚子、栗、山椒。
普段は見過ごしてしまう草花や木の実が、季節の料理や小さなお茶請けとなって卓上に並ぶ。
そこへ訪れるのは、評判を聞いて来た人、誰かに教えられて来た人、道に迷ってたどり着いた人、そして昔からこの土地を知る地元の人たち。
ある者は、食材を差し入れる。
ある者は、新しい料理法やスパイスの使い方を持ち込む。
ある者は、誰にも言えなかった悩みを胸に、ただ暖簾をくぐる。
父は、日本の季節行事を大切にしている。
薪ストーブで行うどんと焼き。
折り紙で作るひな人形。
七夕の短冊。
十五夜の団子。
しめ縄、鏡開き、節分、送り火。
昔の形をそのまま守るのではなく、今ある暮らしの中で、無理なく受け継いでいく。
この場所では、誰かが一方的に教えることはない。
知っている人が話し、知らない人が尋ね、時には一緒に試し、失敗すれば皆で笑う。
昔の知恵と、新しい価値観。
薬草茶と、コーヒー。
地元の記憶と、外から届いた発想。
異なるものが同じ卓上に並び、少しずつ新しい暮らしの形へと変わっていく。
一話ごとに、草花や季節の行事が物語の題名となる。
物語の終わりには、その回に登場した草花を、もう一人の登場人物として紹介する。
名前。
出会える季節。
昔からの利用法。
料理や飲み物への使い方。
そして、その草花が静かに伝えてくれること。
名もない草はない。
役目のない人もいない。
ここは、誰かの答えを決める場所ではない。
一杯のお茶を飲み、風に揺れる暖簾を眺めながら、ほんの少し立ち止まる場所。
それが、藍の暖簾。