あらすじ
十八世紀、江戸時代後期の京都。幕府の厳しい統制下に置かれ、わずかな禁裏御料で糊口をしのぐ没落した朝廷。第百十八代・後桃園天皇の早世により、中御門天皇から続く直系の血筋は断絶の危機に瀕していた。その血を引く唯一の存在が、後桃園天皇の第一皇女である欣子内親王である。彼女は傍系から迎えられた次期天皇(光格天皇)の中宮となるという、重い運命を背負わされていた。
一見すると、欣子は公達の噂話や美しい男を好む、無邪気で奔放な少女である。周囲に愛嬌を振りまき、浅薄な娘を装うことで他者の警戒心を巧みに解いていた。だが、その純白の仮面の下には、極めて陰鬱で偏執的な気質と、底知れぬ支配欲、そして淫蕩な性根が隠されている。彼女を養育する祖母・一条富子は、雅な宮中文化を嘲笑うかのように実学と権謀術数を重んじる異端の女傑であり、欣子に草木学と「恐るべき毒草の知識」を徹底的に叩き込んでいた。
そんな欣子に仕えるのが、越中富山の貧しい薬売りの娘から一条家へと奉公に上がった同い年の侍女・志乃である。欣子とは対極に位置する沈着冷静な彼女は、貴族の理不尽を冷徹な瞳で観察していた。十四歳の春、二人が揃って初潮を迎え、「大人の女」としての肉体の変化に直面した直後、運命の歯車が狂い始める。欣子は、志乃が幼馴染の薬問屋の三男・宗三郎と密かに逢瀬を重ねている現場を目撃してしまうのだ。
身分違いの純情な恋。それを垣間見た瞬間、欣子の奥底に眠っていた昏い欲望と支配欲が覚醒する。圧倒的な身分の差と魔性をもって、欣子は宗三郎を無理やり「初めての男」として奪い取ってしまう。愛する者を眼前で寝取られ、蹂躙された志乃は、しかし嫉妬や憎悪を深い腹の底へと飲み込んだ。やがて志乃は、欣子の最も恐るべき共犯者にして冷酷な知恵袋へと変貌を遂げていく。二人の間には、血と毒と愛憎で結ばれた、歪で絶対的な主従関係が築き上げられるのである。
入内後、伏魔殿のごとき後宮で待ち受けるのは、激しい権力闘争と寵愛争いである。やがて欣子と志乃の恐るべき陰謀が幕を開ける。それが、次代の帝位を自らの血筋で支配するための禁断の計画――「托卵」であった。だが、最大の政敵となる天皇の寵妃・勧修寺婧子もまた、恐るべき野望を抱えて暗躍していた。誰が誰の子を孕んだのか。騙し合い、毒が盛られ、偽りの血脈が歴史を塗り替えていく。