あらすじ
大学生の黒須湊には、夜だけ会う女がいる。
場所は、ひとり暮らしのアパートにある住人用の喫煙ベンチ。
部屋やベランダでの喫煙は禁止。吸うなら、中庭奥にある管理人公認の灰皿付きベンチで。湊は講義やバイトを終えた夜、そこで一人でヤニを吸うのが習慣になっていた。
ある夜、そこへだるそうな女が現れる。
髪を下ろし、パーカー姿で、声は低め。
愛想はないのに距離だけは妙に近い彼女は、湊に火を貸してくれと言った。
「名前?」
「ナナでいいよ」
彼女は本名を名乗らない。
夜のナナは、煙草を吸いながら昼の愚痴をこぼす。
人に合わせるのがだるい。
笑っていたら勘違いされた。
本当はサラダよりラーメンが食べたい。
唐揚げもポテトもカップ麺も好きなのに、昼の自分はなぜかちゃんとしている顔をしてしまう。
湊はそれを、適当に聞いているようで、たまに逃げ道みたいな言葉を返す。
「嫌なら嫌って言えばいいだろ」
「好きなら食えばいい。イメージは腹を満たさない」
「断った後の空気まで、お前が責任取る必要ないだろ」
一方、大学には成瀬七海という有名な美少女がいる。
誰にでも笑顔で、友達も多く、空気も読める。
ランチは野菜や栄養バランスを気にしていて、周りからは「ちゃんとしている子」と思われている。
湊にとっては、少し遠いところにいる人気者だった。
けれど、湊はまだ知らない。
夜の喫煙ベンチで偽名を名乗るナナと、大学で笑っている成瀬七海が、同じ人物だということを。
最初、七海は少しだけ湊をからかっていた。
昼でも会っているのに気づかない。
夜のベンチで愚痴を聞いてくれる相手が、大学で笑っている自分だと分からない。
それが少し面白かった。
だが、湊の何気ない言葉が、昼の七海を少しずつ変えていく。
断れなかった誘いを、ちゃんと断れるようになる。
周りに合わせて選んでいたサラダではなく、食べたかったラーメンを選ぶようになる。
誰にでも笑うだけだった彼女が、少しずつ自分の本音を出せるようになっていく。
そして七海は、夜だけでは満足できなくなる。
夜のナナとしてだけではなく、昼の成瀬七海としても湊に近づきたい。
昼の湊が何を食べ、誰と話し、どんな顔で笑うのか知りたくなる。
一方の湊も、少しずつ違和感を覚え始める。
似た仕草。
同じ煙草の匂い。
ラーメンの好み。
七海の友達と、ナナの距離の近さ。
けれど彼は、すぐには答えを口にしない。
夜の喫煙ベンチで始まった、偽名の彼女との関係。
昼と夜、二つの顔を持つ彼女が、自分の名前をちゃんと言えるようになるまでの、ヤニから始まる大学生ラブコメ。