あらすじ
『存在しないシリーズ』の原点となる第1弾
完璧なデジタルログが支配する世界で、人間の五感が隠された欺瞞を暴くサスペンスミステリー『存在しないシリーズ』。その記念すべき第1弾が、この『存在しない目撃者』です。
舞台は、3年前に最新の設計思想で改修された美術館。そこは温湿度や照度、来館者の導線にいたるまで、監視・環境システム「ARGUS」によってすべてが「適正」かつ「完璧」に管理された空間でした。
ある朝、展示ケースから貴重な美術品が消失する盗難事件が発生します。しかし、システムの夜間ログには過負荷も脈抜けもなく、扉の開閉イベントもゼロ。「何も起きていない」ことを証明する完璧で美しい記録だけが残されていました。
周囲が戸惑う中、捜査に赴いた刑事・真壁は、システムという名の神を妄信せず、「信じるな、触れろ」という独自の冷徹な信念のもとで動き出します。彼は白手袋を外し、剥き出しの指先と五感を研ぎ澄ませて現場の微細なノイズを採集していきます。
ガラスの内側に残る楕円形の曇り、石目の上のわずかな埃の帯、作業台に残された新旧2つの吸盤跡、そして部屋ごとに形状を変える非常灯の光の位相――。データという名の「完璧な紙面」の外側にこぼれ落ちた超アナログな実在の揺らぎが、真壁の指先に真実を告げ始めます。
美しく整えられた記号の裏で、静かに切り落とされた人間の手の癖と執念とは何だったのか。「データが存在しない」と断じる世界に、生々しい触覚で挑む男の静謐な闘いが、ここから始まります。