あらすじ
娘には、欠けたもののない家をやりたかった。
私自身の家には、母がいなかった。だから、父と母がそろっていることを、子に渡せる一番まっすぐな幸福だと思っていた。仕事に出る。稼ぐ。家に入れる。任せる。信じる。それが父の役目だと思っていた。
けれど、家族のために働いた時間は、少しずつ私を家族の外へ押し出していく。
帰れば娘は眠っている。起きている娘を抱く時間より、眠った顔を見る時間のほうが長くなる。私は、娘の今日を知らない。玲子は知っている。私が知らないことが増えるほど、この家で父である場所は小さくなっていった。
冷蔵庫の横には、番号のついた決まりが貼られる。
携帯のロックは外される。
レシートは缶に落ちる。
友人からの電話には、出られなくなる。
どれも、家族を壊すほどのことには見えない。だから私は、それを結婚だと思った。みんな、こういう少しずつの我慢の中で暮らしているのだろうと。
だが、ある噂と、体に残った違和感が、見ないできたものを私の前に置く。
これは、父になりたかった男が、父である場所を失っていく物語。
そして、家庭の形を「普通」と呼ぶ声に、静かに問いを返す物語。
実話に着想を得たフィクションです。