あらすじ
四年前、千春は迷い込んだ異界の山で「送り犬」に出会った。
送り犬は、山道で後ろをついてくる黒い犬の怪異だ。転んではいけない、立ち止まってはいけない、振り返ってはいけない──その決まりを守れば、人里まで送ってくれる。
千はたくさん。
春は春。
帰り道でそう自分の名前を送り犬に教えた千春は、転んでしまっても無事に返してもらうことができた。
その日のことを、千春は忘れたことがない。
もう二度と会えないはずだった。
それなのに、山裾で千春が「もう一度会いたい」と願ったとき、彼女は再び異界の山へと迷い込む。
四年前と同じ送り犬がそこにいた。
「おまえ、千春か」
千春の名前を覚えたままで。
山の神が許した七度の来山のなかで、千春は決断を迫られる。
人の世へ帰れば、送り犬とは二度と会えない。
けれど山に残れば、千春は二度と人の世に帰れない。
帰すべきだと知っているのに、帰したくない犬。
帰らなければならないのに、もう離れたくない娘。
これは、名を覚えた怪異と、忘れられなかった娘の恋の話。