あらすじ
生まれた時代が今でなければよかったのにと、何度も思ったことがある。
昔の時代はいい。人に溢れてはいなかった。どんな才能にも、いやどんな人にも需要があって、自身が生き延びることに文句を言う人はいなかったろう。
死にたいほど苦しかった奴は過去にも今にもそして未来にもいるだろうと述べる者もいるかもしれない。しかしそうではない。確かに苦しかった者はいたろうさ。でも今より死が身近にあって恐怖するものもいたろう。彼らが死んだ方がましだと思えるだろうか。私の解答としては、否を提示したいところである。
思うに、自殺などといった概念は貴族階級の道楽であり、昔はそんなことも考えられないほど余裕がなく、そしてそれができるほどの立場もなかったのだろう。
今の時代はいい。どこに行っても死ねる。ODでも高所からの落下でも、自刃でも練炭でも首を吊るでもいい。だがこれは多くの人が悲しむことだ。多くの人が忌避することだ。たとえ、その窮地に置かれた人間が心から望んだことだとしても。
今の時代の悪いところは、多くの人間が生き方を知らないことだ。どこに行っても人がいる。その時点で人と馴染めない人間は、どこに行っても生きていけない。金がない人間も同様だ。やりようがないところまで追い込まれた時、昔の人ならば人里離れた山奥にでも行き、獣や川魚、山菜を取れば生きていけた。今の時代は、そうではないのだ。
まぁここまでは極端な話だ。僕が話したいのはこういった直接的な生き方の話ではない。もっと根源的な……そう、自らの生きるレールの敷き方の話だとでも、思ってくれればいい。
とある、男女の話でもしようじゃないか。