あらすじ
六月の雨の午後。
深津葵は、偶然立ち寄った写真展で一人の写真家・城戸夏芽の作品に出会う。
そこに並んでいたのは、誰もいない風景だった。
雨に濡れた歩道、曇った窓、閉じられた傘、そして紫陽花。
人の姿はほとんど写っていない。
けれどそこには、確かに“誰かがいたあと”だけが静かに残っていた。
葵は理由も分からないまま、その写真の前から離れられなくなる。
ただ風景を見ているはずなのに、どこか遠い記憶のような感覚だけが胸の奥に沈んでいく。
やがて、展示の奥にいた写真家・城戸夏芽と出会う。
彼は多くを語らず、ただ写真と同じように静かにそこにいる。
会話は少ない。
説明もない。
けれど、葵が見ていたものは少しずつ変わっていく。
それは写真なのか。
それとも、その奥に残っていた“気配”なのか。
名前をつけるにはまだ早い距離のまま、二人の時間は静かに揺れ始める。
雨の日にだけ輪郭を持つ、届く前の関係。
これは、光が届く前に存在してしまった距離の物語。