あらすじ
県立綴原高校の図書室は、久世リョウにとって、現実から少しだけ離れて物語を書ける場所だった。
無口で不器用なリョウは、現実では言えない怒りや悔しさを、ノートの中の登場人物へ代わりに言わせてきた。
だがある日、親友の相馬カイが、リョウの未完成原稿を本人に無断で校内短編企画へ提出してしまう。
善意だった。
才能を見せれば、リョウは自信を持てる。
カイは本気でそう信じていた。
しかしリョウにとってそれは、自分の内側を許可なく他人へ公開される行為だった。
怒りと傷つきを抱えたリョウは、図書室で見つけた古い本《アヴァターラ断章》へ、物語の続きを書いてしまう。
そこに書かれたのは、異世界の剣士ファンタと、その親友カインが地竜に襲われる場面。
同じ頃、現実ではカイが交通事故に遭う。
地竜の牙と、現実の車体。
異世界のカインと、現実のカイ。
二つの世界の傷が照応し、リョウの書いた物語は、誰かの人生を本当に傷つけてしまった。
やがてリョウの前に、廻宵はつかという少女が現れる。
誰もが彼女を「昔から同じクラスにいた」と覚えている。
出席簿にも、集合写真にも、彼女の名前と姿はある。
けれどリョウだけは、彼女を覚えていなかった。
現実層、異典層、余白層。
書いた者、書かれた者、書かれなかった者。
三つの世界で、選ばれなかった声が目を覚ます。
これは、物語を書くことをやめる話ではない。
誰かの結末を、ひとりで決めることをやめるための物語である。