あらすじ
婚約七周年の記念日。
私は猫用GPSで、自分に「婚約破棄」という贈り物をした。
それは先週、猫を探すために買ったGPSだった。
うちの猫の「もち」が、数日前の深夜にいなくなった。
私は半泣きになりながら、東京中を探し回った。
結局、もち本人はベランダの隙間からひょっこり戻ってきたのだけれど、本来なら首輪につけるはずだったGPSタグは、私が何気なく佐伯悠真の車に置きっぱなしにしていた。
そして記念日の夜。
悠真は、会社のプロジェクトでトラブルが起きたから、一緒に食事はできないと言った。
私は一人でレストランに座っていた。
目の前には、すっかり冷めたステーキ。
そして、一度も口をつけられていないワイングラス。
そのとき、スマホに通知が出た。
「猫用GPSが移動中です」
私は一瞬、固まった。
もちなら、うちのソファで丸くなって眠っている。
つまり。
動いているのは、佐伯悠真の車にある、あのGPSタグだった。
私は最新の録音データを開いた。
最初に聞こえたのは、エンジンが止まる音。
次に、幼い男の子の弾んだ声が響いた。
「パパ!」
続いて、女の声がした。
「今日はずいぶん早いのね。白石澪との記念日があるって言ってなかった?」
悠真が笑った。
私が七年間付き合ってきた中で、何度も聞いたことのないような、柔らかく、気の抜けた、甘やかすような笑い方だった。
「断ったよ。記念日なんかより、沙耶と湊のほうが大事に決まってるだろ」
猫用GPSは、迷子になった猫を見つけてはくれなかった。
けれど、婚約者が隠していた、もう一つの家を見つけてくれた。