あらすじ
森の奥に、小さな編み物屋がある。
そこには“魔女”と呼ばれる一人の女性が住んでいた。
彼女の編むものは、少しだけ不思議だった。
シュシュを身につけた子どもは、翌日ほんの少しだけ学校へ行きやすくなる。
巾着を持った子は、誰かに話しかける勇気が出る。
ブローチを手にした子は、自分を嫌いな気持ちが少しだけほどけていく。
――けれど、魔女は何も「変えて」はいない。
ただ、毛糸に“春になる前の気持ち”を編み込んでいるだけだった。
そんな森の家に、ひとりの少女がやってくる。
学校へ行けなくなった紬(つむぎ)。
人と話すのが怖くて、自分の居場所がどこにもないと思っている。
魔女は彼女に言う。
「春はね、待つものじゃないの。少しずつ編んでいくものなのよ」
最初は信じられなかった。
けれど紬は、少しずつ糸を結び、少しずつ言葉を覚えていく。
そして気づく。
魔女が編んでいた“春”は、誰かのためだけじゃなかった。
それは、自分自身のためにほどけないように結び続けてきた時間だったのだ。
やがて訪れる冬の終わり。
魔女が遺したものは、毛糸でも編み針でもなく――
「生きていくための、やさしい手触り」だった。