あらすじ
「やめてくれ、死神さま。あんたが数えると、次が死ぬんだ」
井戸を封じても、明日も明後日も人は倒れる——そう言い切った青年は、まだ生きている者の中から「次に死ぬ者」を名指しで予言した。三日で死がやめば言うことを聞け。やまなければ、この身を焼け、と。
前世で何万もの死を「表の上の数」としてしか見られなかった感染症医・椎名玲。一度も死者の手を握れぬまま路上で果てた彼は、疫病で三人に一人を喪い、大国アウロラの捨て駒にされた弱小辺境ノルデンの末子クレフとして転生する。
彼の武器は剣でも魔法でもない。水を分け、井戸を封じ、塩と蜜を溶いた水を匙で配り、死者を一人ずつ「名前で」数えること。原因という概念すらないこの世界で、知識は半分しか効かない。本当の武器は、その知識を無知な民にどう「信じさせる」かだった。
救った命は人口になり、人口は田を、税を、兵を生む。やがてノルデンに攻め入る帝国の軍は、剣を一度も交えぬまま陣中の疫病に削られ、「あの領だけ兵が死なない」恐怖が大陸を動かしはじめる——だがクレフの善意は諸刃だ。全員を救うため、彼は時に少数を見殺しにする選別を強いられる。
助産師マレナは言う。「あんたの言う『数』ってのはね、ぜんぶ、顔があるんだよ」。
治す者が、国を治す。救う者は、いつ見殺しにする者になるのか。剣ではなく「人が死なない国」という一点で覇権図を書き換える、医療・公衆衛生×内政群像戦記。