あらすじ

春の風が吹いている。

けれど、その風はもう私のためには吹いていないのだと、いつからか気づいていた。

あなたはいつも彼女を見ていた。

幼い頃から隣にいた幼馴染。

泣けば駆け寄り、
笑えば安心し、
困れば手を差し伸べる。

それは優しさなのだろう。

だから私は何も言わなかった。

言えなかった。

婚約者なのだから。
未来の妻なのだから。

理解しなければならないと思っていた。

「君なら分かってくれるだろう?」

その言葉を聞くたびに、
私は少しずつ自分の気持ちをしまい込んだ。

誕生日も。

約束の日も。

二人で過ごすはずだった時間も。

全部。

「今回は仕方ないんだ」

そう言われれば頷いた。

あなたが困る顔を見たくなかったから。

でも、ある日気づいた。

私が我慢することを、
あなたは優しさだと思っていなかった。

当たり前だと思っていた。

私が待つことも。

譲ることも。

傷つくことも。

全部。

当たり前だと思っていた。

私は婚約者ではなかった。

あなたにとって都合の良い便利屋だったのだ。

悲しいほど簡単な答えだった。

だから私は荷物をまとめた。

豪華なドレスはいらない。

思い出もいらない。

あなたへの期待も置いていく。

辺境行きの馬車に乗り込んだ朝。

空は驚くほど青かった。

まるで長い夢から覚めたみたいに。

あなたはきっと後から気づくのだろう。

私がどれだけの仕事をしていたのか。

どれだけ支えていたのか。

どれだけ愛していたのか。

でも、その時にはもう遅い。

失ったものは戻らない。

砕けた心は元には戻らない。

私はもう振り返らない。

あなたが選んだのは幼馴染。

私が選ぶのは私自身。

これから始まるのは誰かの影ではない人生。

誰かに理解を求められ続ける人生でもない。

私は私のために生きる。

辺境の青空の下で。

ようやく自由になった心とともに。

そしていつの日か。

私を便利屋ではなく、
一人の人間として見てくれる誰かと出会えたなら。

その時はきっと。

今よりもっと綺麗な笑顔で笑える気がするのだ。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
アルファポリス
アルファポリス2026/06/11
  • 現在の作品『私の婚約者は幼馴染に夢中です』 ――私は婚約者ではなく、都合の良い便利屋だったようなので辺境へ参ります――