あらすじ
大学一年生の宮下蓮は、東京での一人暮らしを始めた矢先、父から呼び戻される。実家には、膵臓癌で余命半年と告げられた母・聡子、そしてどこか張りつめた空気を抱えた父・正樹と妹・栞がいた。だが家族は、聡子本人には病名も余命も告げていない。蓮は反発するが、正樹は「知らないふりをしたまま、家族で旅をしたい」と言う。こうして、母に病気を隠したまま、九州を巡る一週間のロードトリップが始まる。
旅の間、聡子は何も知らないふりをして明るく振る舞い、よく食べ、よく笑い、家族を気遣う。だが蓮は、母の視線や言葉の端々に、何かを知っているような気配を感じ取る。正樹は不器用なまま、運転と予約で家族を支え続ける。栞は母に似た明るさの裏で、最も早く真実に気づき、黙ってそれを抱えている。太宰府、柳川、長崎、阿蘇、別府と進む旅の中で、家族は食事を囲み、他愛ない会話を重ねながら、少しずつ互いの嘘の輪郭に触れていく。
やがて蓮は、聡子が実は最初から病気を知っていたことに気づく。母は、父が必死に隠していた嘘も、子どもたちの不器用な沈黙も、すべて受け止めたうえで「知らないふり」を選んでいた。旅の終盤、家族はようやく真実を共有し、泣きながら笑い合う。残された時間を前にして、何を隠し、何を伝えるのか。嘘は悪意だったのか、それとも愛だったのか。半年後、聡子は予告通りにこの世を去るが、残された家族の食卓には、彼女が遺した言葉と味が静かに残り続ける。