あらすじ
言えなかった言葉は、口の中で溶けて雨に還る。そしていつかの雨の日、少しずつ持ち主のもとへ降り直してくる——。
母を亡くしたばかりの桐野雫は、七月の夕立に濡れて路地の奥へ迷い込み、雨の日だけ開く喫茶「あまやどり」の扉を押した。無愛想な店主・律は、雨水から言葉を汲み、珈琲を一杯淹れる。飲んだ客は、もう届かないはずの「ありがとう」や「ごめんね」を受け取って、静かに泣く。
最後の電話で母を傷つけたまま謝れなかった雫は、母の言葉を求める。けれど律は言う。「まだ、降りきっていません」と。
雨と珈琲の香りに満ちた店で、言い損ねた想いが少しずつ空から返ってくる。泣ける連作短編、開店。