あらすじ
人間の村には、百年に一度、竜に娘を嫁がせるという古い因習が残っていた。かつてその「竜の嫁」に選ばれたセラ・アルネは、花嫁衣装を裂いて山道から逃げ出した過去を持つ。八年後、王都の南外れで彼女は「竜の嫁入り相談所」を営んでいた。看板には「嫁入り以外も承ります」とある。彼女の仕事は、嫁入り、留学、就職、逃亡、家出、名誉といった言葉の下に隠された本人の願いを聞き出し、別の道を探すことだった。
ある日、竜の嫁にされそうな少女ニアが叔母エマに連れられて相談所へ来る。そこへ竜山領の交渉官リュシア・アルヴァレイも現れる。竜族側には人間の娘を嫁に取る制度など存在せず、古い盟約は本来、山道や薬草、火山、鉱石について記録する「連絡役」を村から出すというものだった。セラとリュシアは共にロウデン村へ向かい、村長が古い盟約を「花嫁送り」と誤読し、支度金まで集めていたことを明らかにする。ニアは花嫁ではなくなり、嫁ぎ損なった女と呼ばれてきたエマが、新たに連絡役候補として山へ向かうことになる。
続いて相談所を訪れた貴族令嬢クラリスは、自分を竜の山へ嫁がせてほしいと言う。だが彼女の本当の願いは、政略結婚を逃れることではなく、竜族の火晶石を研究することだった。セラとリュシアは、レイヴァン家と北方伯家の縁談を「本人同意なき仮約定」として整理し、クラリスを花嫁ではなく研究留学生候補として竜山領の審査に立たせる。竜族保守派からは、人間貴族の利害を山へ持ち込むなと反対されるが、研究成果を特定の家に独占させず、民生利用として公開する条件を整え、クラリスは予備合格を得る。
さらに、村娘カヤとミリが相談所に現れる。二人は恋人同士で、片方を竜の嫁、もう片方を付き添い女中という名目にして村を出ようとしていた。セラは危険な嘘だと止めるが、二人は「嘘でもなければ、女二人で家を出る理由なんて認めてもらえません」と訴える。セラは、嫁入りを止めるだけでは足りず、女が一人で、あるいは女同士で生きるための正当な名目が必要なのだと気づく。リュシアは、フォルカ村にかつて竜山領との銀葉草取引があったことを見つけ、二人を「花嫁と女中」ではなく、銀葉草取引再開のための二名一組の試験雇用候補者とする新制度を作る。二人は恋人であることを隠さず、朝、村人たちの前で自分の荷物を持って村を出る。
こうした案件を通じて、相談所は人間側と竜山領の双方から注目される。竜族側は「竜の嫁入り相談所」という名称が不正確だと問題視し、人間側も娘たちが家を出る口実を与えていると反発する。だがセラは、相談所は嫁入りを斡旋する場所ではなく、嫁という誤った言葉しか渡されなかった人が最初に辿り着ける入口なのだと語る。リュシアも、誤った言葉を入口にして、本人の意思確認と正しい契約へ導く機能があると認める。相談所は竜山領公認の連絡窓口として限定的に認められ、看板には長い説明が加えられる。
セラとリュシアは、仕事を通じて互いの欠けた部分を補い合う関係になっていく。境界に立つ者は両側から疑われる、と老竜イグナは言う。それでも立つと答えたセラに、彼女は隣に立つ者を大事にしなさいと告げる。相談所の新しい相談票には「本人が隣にいてほしい人」という欄が加えられる。竜の嫁入りという不正確な名前を残したまま、しかし嘘ではなく、セラの相談所は明日も開かれる。