あらすじ
大学合格の春、瀬川陽向は母・麻子を突然亡くす。遺品整理の最中に見つけたのは、複数の偽名と、17人から総額4500万円を騙し取った記録だった。母は詐欺師だった——その事実に直面した陽向は、「正しいこと」として被害者に謝罪する旅に出る。
元刑事の榎本に半ば強引に同行されながら訪ねた最初の被害者は、なぜか笑っていた。「あの子のおかげで幸せになれた」と語る彼女を前に、陽向の常識は揺らぎ始める。続いて出会う男もまた、詐欺によって人生を変えられたと語る。だが三人目の女性は、ただ一人、母を激しく憎んでいた——そして同時に、全額が返金されていたという不可解な事実が明らかになる。
やがて陽向は、母が「救える人」と「救えない人」を選びながら金を扱っていたこと、そして誰よりも人の孤独に敏感だったことを知る。さらに明らかになるのは、かつて詐欺師だった父に裏切られた過去と、そこから始まった母の歪んだ選択だった。
詐欺は犯罪だ。しかし、それだけでは割り切れない現実が確かにあった。すべてを知ったとき、陽向は母を裁くことも肯定することもできない自分に気づく。それでも彼は、自分の「正しさ」を捨てずに生きることを選ぶ。
半年後、陽向は亡き母へ手紙を書く。「あなたが何者だったかより、あなたが俺の母だったことの方が大事だ」と。送り先のない手紙をしまい込み、彼は前に進み始める。