あらすじ
一か月前。深く愛していた彼が死んだ。
死因は雨の日の追突事故。霊安室に横たわるあの「肉の塊」が、本当に私の男なのかと何度も目を疑った。半分崩れた顔が、狂おしいほど愛した恋人の顔だと気づいた瞬間、私はそのまま気を失ってしまった。
私たちはもうすぐ結婚するはずだった。式場も押さえていた。これから続く幸せな日々を、何度も何度も描き続けていたのに。
突然の彼の訃報に、最初の1週間は何をしていたのか記憶すらない。職場でも配慮してくれて、一か月ほど心を落ち着けてから戻るようにと、家へ帰された。
そして次の週は、あまりの苦しさに自ら命を絶つことすら考えながら過ごした。
起きても涙が止まらず、夢の中では毎晩、彼の笑う姿ばかりが見えた。狂いそうだった。なぜこの世に彼がいないの? 彼がいない世界に何の価値があるの? 答えの出ない問いが、ただ私を苦しめるだけだった。
見かねた両親が療養にと、祖母の家へ送ったのが10日ほど前。そこは私が幼少期を過ごした場所で、寂れた田舎の風景と日本家屋特有の静けさが、壊れた心をほんの少しだけ癒してくれた。
もう去った彼だって、私がこんな姿でいることを望まないはずだと言い聞かせ、少しずつ元の生活を取り戻そうと努めていた。そんな折のことだ。
その日は、亡くなった彼への想いが募り、一睡もできなかった。胸に詰まった思い出が鮮明に蘇り……一度だけでいい、もう一度だけ彼に会えたら、彼の声を聞くことができたら、と何度も何度も祈った。
「イオリ……イオリ。」
固く閉ざした扉の向こうから、細い声が聞こえたのは、まどろみ始めたその時だった。