あらすじ
六年間、彼女は誰にも気づかれず、この国を支え続けてきた。
書いた条約も、読み上げられた乾杯の辞も、すべて別人の名前で世に出た。
婚約者として迎えられた誇らしさは、いつしか、代償のない労働に変わっていた。
ある夜、婚約者はこう告げた。
これからは公務に専念してくれればいい、と。
悪意のない、その一言が、六年分の我慢の限界を静かに超えさせた。
数日後、彼女は屋敷から姿を消した。
次に見つかった時、彼女は隣国の外交府で、自分の名前だけを使って働いていた。
皮肉にも、そこはかつて彼女が交渉していた、隣国だった。
彼女が去った国では、静かに、何かが崩れ始めていた。
けれど、当の本人は、振り返る素振りすら見せない。
六年分の沈黙の代償を、誰が、どんな形で払うことになるのか。
そして、自分の名前だけで生きることを選んだ彼女を、待っているものは何なのか。