あらすじ
「お前は疲れている。公務員がオカルトみたいなことを言うな」
市役所入庁3年目の技術職・新宮は、道路図面のわずか3センチの歪みに「あり得ない寒気」を覚え、異常報告書を提出したことで主流部署から島流しにされた。
左遷先は、本庁の隅にポツンと置かれたお荷物隔離部屋――『景観保全調整室』。
そこにいたのは、よれよれのワイシャツで堂々と居眠りを決め込む、周囲から「終わった人」と冷笑される万年室長・片桐だった。
偏屈な地権者との泥沼の利害調整、看板の色彩をめぐる押し問答。
そして、一般人のドライブレコーダーが捉えてしまった「バグった道路」の動画を、市有『三次元点群データ』の著作権侵害という冷徹な官僚的屁理屈で迅速にBANする陰湿なデジタル消火活動……。
それが、新宮の「昼の実務」のはずだった。
だが、この部署の真の公務は、真夜中に起動する。
舞台となる浜上市――坂が多く、すり鉢状の地形をしたこの街は、物理的・霊的な高低差によって「怪異」が底へ向けて過剰に流れ落ちてくる欠陥都市。
先人が大戦後の焼け野原に再構築したのは、人間が祈らなくても自動で街を守る近代数理インフラシステム『予防デザイン』だった。
点字ブロックは空間のひび割れを留める【縫合線】。
ガードレールの波形はバグの衝撃を殺す【減衰フィルタ】。
国道の法定速度は、都市の処理速度を一定に保つ【基準歩度】。
案内標識の矢印は、怪異の進行ベクトルを狂わせる【流路制御】。
怪異は退治できない。だから、日常のインフラを巨大な【数理回路】にして、仕様書通りにお帰り(還送)頂くしかないのだ。
しかし、現代の防衛線は、慢性的な予算不足、実動部隊である環境補全公社の36協定(残業上限)、2024年問題による担い手不足で、すでに物理的な限界を迎えていた。会計検査院の監査の目を盗む財務の綱渡り、すり潰されていく現場の老骨。お役所仕事の限界値の中で、バグは牙を剥く。
「新宮、ゴミを拾え。ピンポールを固定しろ。……座標を上書きする」
真夜中のバリケードの奥、激しい目眩と空間エラーの拒絶反応に歯をガタガタ鳴らしながら、新宮はレーザー測量機を覗き込む。自分がログを見逃せば、明日の朝、人が死ぬ。その切実な執着だけを燃料にして。
これは、牙を剥く現代のバグに、法務・財務・数理の物理パッチを当て続ける、名もなき公務員たちの泥臭い業務復命書である。
――さあ、今夜も仕様書通りにお帰りいただこう。