あらすじ
「あなたのためだから。」
その一言を、真琴は子どもの頃から何度も聞いてきた。
食事、薬、お金、人付き合い――母・和代は息子を愛するあまり、心配するたびに正しい言葉を重ね続ける。父・恒一もまた、「もっと苦労している人はいる」と励ましているつもりだった。二人とも悪人ではない。誰よりも真琴の幸せを願っていた。
しかし、優しい真琴は反論できない。
母を悲しませたくない。
父を困らせたくない。
そう思うたびに、本当の気持ちは胸の奥へ押し込められ、「大丈夫」という言葉だけが口癖になっていった。
ある日、人生で初めて真琴は母に言う。
「……救急車を呼んで。」
和代は戸惑いながらも、「救急車なんて何度も乗るものじゃない」と言葉を重ねる。しかし病院へ着くと、真琴の意識はみるみる混濁し、緊急入院となる。
「私は、この子を助けていたはずなのに――。」
訪問看護師と精神科医との出会いをきっかけに、和代は初めて知る。「正しさ」は、人を救うとは限らないことを。そして、不安の中にいる人が最初に必要としているのは、説得でも助言でもなく、「安心していいよ」という言葉であることを。
これは、「毒親」を断罪する物語ではない。
愛しているのに傷つけてしまった親と、愛しているから我慢し続けた子が、もう一度「家族」になるまでを描く、再生の物語。