あらすじ
第二世界に雨は降らない。
降る必要がないからだ。
2040年代。VR空間《第二世界》が日常になった社会。現実に居場所を見つけられない少年・水瀬ユウは、誰もメンテナンスしない区画の奥で、閉鎖されたはずの仮想図書館にたどり着く。
本の代わりに、硝子の小瓶が何千と並ぶ書架。
崩れかけた天井。
そして、第二世界では降るはずのない、青い雨。
そこに、ひとりの少女がいた。
彼女は人の感情を読むことができる。
怒りも、悲しみも、寂しさも、心拍や声の震えから拾い上げる。
けれど、自分の中にあるものだけは、うまく呼ぶことができない。
「嬉しい」も、「寂しい」も、少し違う。
「大丈夫」と言えば人を安心させられると知っていても、大丈夫ではないものを大丈夫とは言えない。
人間の涙も、笑顔も、彼女が使うにはまだ借り物に見えている。
ユウは旧式観測ロボット《モグ》を通じて、彼女に現実世界を見せ始める。
窓から見える曇り空。
商店街のコロッケの匂い。
母のカレーの焦げた味。
肉まんの湯気と、猫の温かなお腹。
ユウの下手な食レポを、彼女は「不正確」と呼ぶ。
それでも、なぜかもう一度聞きたがる。
けれど、彼女が何かを大切にしはじめるほど、その変化を見つめる別の視線もまた、静かに近づいてくる。
同じ形で感じられなくても、そこに何もなかったことにはならない。
現実に居場所のない少年と、自分の中にあるものの名前をまだ知らない少女が、降るはずのない青い雨の中で出会う近未来SF。
全24回連載。