あらすじ
「物理法則において、自発的な飛行はあり得ません。必ず、そこへ至る遷移関数が存在する」
地下三階、最新鋭のセキュリティを配備した電脳茶室。
そこは外部ネットワークから完全に遮断《エアギャップ》され、侵入者を感知する重量センサーに守られた完璧な「無菌室」だった。
その完全密室の奥、床の間で、資産家の刀剣コレクター・宗像が絶命していた。
彼の胸には、さっきまで超強力な磁力によってスタンドの上空に「浮遊」していたはずの名刀『三日月太刀』が、根元まで深く突き刺さっていた。
指紋は一切検出されず、外部からのハッキングも物理的侵入も不可能。
そして、この展示システムを構築した若き天才刀匠・水原皐月には、完璧なアリバイが存在した。
応用数理研究室の大学院生・凛は、現場の温度ログと、刀身に焼き付けられた「水蒸気の結露パターン(流体力学の署名)」から、完璧にプログラミングされた遠隔キル・コマンドをデバッグしていく。
臨界温度に達した磁性体がその力を失い、美しい円弧を描いて落下する「剛体振り子運動」。
完璧な対称性を誇る物理の数式の中に、たった一滴だけ混ざり込んでしまった「人間という名のバグ」の悲劇を描く、理系本格ミステリ。