あらすじ
東京の広告代理店で働く真白依吹は、同期の瀬名遥平を嫌いだと思っていた。会議でぶつかるたびに、彼の言葉は正しすぎて、平気な顔の奥に隠した弱さまで届いてしまう。
大型コンペを前に、競い合うはずの真白と瀬名は互いの案に足りないものを見つけ、消そうとした一文を残し合う。朝の光、昼の資料、夜の窓に映る影の中で、相手を傷つけるための言葉は、次第に相手を守るための言葉へと変わっていった。
勝敗が決まるころ、真白は気づく。嫌いなだけなら、こんなに声は残らないと。瀬名もまた、彼女の痛みを雑には扱えなかった。
恋人という関係にはまだ至らないが、東京の夜を歩く距離は以前とはもう違う。傷つける言葉も、言い返せなかった沈黙も、勝ち負けの向こうで交わされた願いも、消えずに残る。
明日もきっと言い合う。また腹を立て、また見抜かれる。夜風に紙の匂いが混じる帰り道で、真白は、もう逃げるためだけに刺すことはない。棘まで含めて、それは恋だった。