あらすじ
彫刻家・永井遼は、石を掘るのではなく分割することで形を作る男だった。
数学者・桂田俊が持ち込んだのは、一つの定理だった。バナッハ=タルスキのパラドックス。一つの球体を分割し、再構成すると、全く同じ球体が二つできる。体積が倍になるのではない。「本物」という概念が、崩壊する。
遼は自ら実験台になることを選んだ。
十七秒後、チェアの上に二人の遼が現れた。どちらも、互いの存在に驚かなかった。
妻・美和は問い続けた。どちらが本物か。二十年間「本物を見分ける」ことを仕事にしてきた学芸員の感覚は、この問いだけに機能しなかった。
二人の遼は分岐しなかった。同じ夢を見た。同じ風邪をひいた。別々のアトリエで、毎日ほぼ同一の彫刻を作り続けた。
やがて、どちらかが消えなければならなくなった。
コインで決めた。コインに本物を選ぶ力はなかった。それでもコインが決めた。
「本物かどうか」と「残るかどうか」は、完全に無関係だ。
読み終えたとき、あなたは問うだろう。私は、はたして本物か。