あらすじ
三十八歳の会社員・サトウは、周囲から見れば幸福な人間だった。
安定した仕事があり、周囲からの信頼も厚く、誰に対しても誠実で、穏やかで、優しい人間として生きてきた。しかし彼自身だけは、長いあいだ、自分のことをそのような人間だと思うことができなかった。
なぜなら彼は、自分が誰かを愛していると感じるたびに、その感情が本当に相手へ向かっているものなのか、それとも「愛している自分自身」を愛しているだけなのかを、最後まで信じ切ることができなかったからである。
冬の河。
始発電車。
閉店間際の店内放送。
二十年前に別れた、最初の恋人。
そして、「まだ自分は何者かになれるはずだ」という、三十八歳にはあまりにも不器用な希望。
世界を愛したいと願いながら、最後まで世界の外側に立ち続けてきた一人の男が、自分自身への期待を失いかけたとき、初めて見つけるものとは何か。
これは、恋愛小説ではない。
これは、純粋であり続けようとした人間が、その純粋さの正体と向き合うまでの、長い告白である。