あらすじ
春になると鐘が鳴らなくなる時計塔がある街で、会社員の「私」は毎朝その時計を見上げながら出勤していた。ある日、時計塔の下で一人の少女と出会う。不思議なことに、少女の姿は「私」にしか見えていないようだった。少女は名前も明かさず、ただ時計塔の下で「誰かを待っている」と話す。仕事や将来への諦めを抱え、かつて好きだった絵を描くことさえやめてしまった「私」は、少女との何気ない会話を重ねるうちに、自分が夢そのものではなく「夢を好きだった気持ち」を失っていたことに気づいていく。ある日、少女は突然姿を消す。そして四月、春の訪れとともに止まっていた時計塔の鐘が鳴り響く。管理人との会話から、時計は毎年春だけ静かになること、そして亡き娘が「春は、待っている人がいるから静かな季節なんだよ」と語っていたことを知る。「私」は少女との出会いを思い返し、忘れかけていた絵をもう一度描き始める。特別な奇跡は起こらない。それでも止まっていた時間は少しずつ動き出し、「私」は過去を抱えたまま、新たな一歩を踏み出していく。