あらすじ

大和の朝は、いつも白かった。 山の端から昇る光が宮の甍を照らすころ、私はまだ乾ききらぬ木簡を前に、昨夜書き写した神の名を数えていた。名は力であり、名は境であり、名は時に、古い民を沈黙させる刃でもあった。 「出雲へ行け」 そう命じたのは、宮の記録を司る老人だった。老人は私の前に一束の木簡を置き、細い指でその端を叩いた。 「国を譲った神々の名を確かめよ。大国主の系譜、事代主の言葉、そして逃れた神の行方をな」 逃れた神。 私はその言葉を胸の奥で繰り返した。記録に残らぬ神は、いずれ神ではなくなる。ならば、逃れた神とは、まだ名を奪われていない神のことではないのか。 出雲へ向かう道は、海を北に見ながら因幡を抜ける。白兎の話を知らぬ者はいない。だが、老人は低い声で言った。 「あれは子どもに聞かせる話ではない。道を知る者だけが、あの兎の意味を知っている」 その夜、私は初めて月を見た。 大和の空に浮かぶ月は、ただ静かだった。だが、これから向かう山々の奥では、月に名を与えず、ただ仰ぐ民がいるという。 神の名を集める旅が、名のない神を探す旅になるとは、そのときの私はまだ知らなかった。

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小説を読もう2026/06/25
  • 現在の作品月を隠した国