あらすじ
乳業の工場で十六年、規格品のチーズを作り続けた職人だった。生乳も、自然の菌も、半年の熟成も、すべて「危険・非効率」と禁じられた世界で。
目が覚めると、別の世界の、乳の匂いの中にいた。殺菌設備も、規格の種菌も、温度計も、何もない村。私の技は、この遅れた世界では無駄になった――そう思った。
けれど、生乳は一晩で勝手に固まりかけ、空気には豊かな菌が漂い、村のはずれには年中ひんやりした洞窟があった。仕方なく、素手で、時間をかけて、一玉を仕込んでみる。
半年後、洞窟から出したそのチーズを切ったとき、私は、手が震えた。
異世界転生スローライフ、ものづくりの短編。