あらすじ

周囲の反対をすべて押し切り、私は東京本社で半年かけて進めていた大型契約を断った。上場企業から提示されていた高額年収のオファーも蹴り、海外出張を前倒しで切り上げて、夜の便で東京へ戻ってきた。すべては、婚約して五年になる久我怜司に、誕生日のサプライズを贈るためだった。  その夜、私はスーツケースを引きずりながら、港区の高級タワーマンションの玄関前に立っていた。ドアノブに手をかけた瞬間、中から甘ったるい女の声が聞こえてきた。 「くじ引きの罰ゲームだよ、怜司お兄ちゃんの負け。正直に答えて。私と、あの仕事人間の婚約者、どっちの声のほうが可愛い?」  声の主は、橘莉乃だった。彼女は久我家が一時期引き取っていた遠縁の親戚で、久我怜司とは血のつながりがない。それなのに、彼女はいつも怜司の「妹分」を名乗っていた。  次の瞬間、久我怜司の低く掠れた、どこかだらしなく緩んだ声がドアの向こうから聞こえた。 「やめろよ。澪と比べられるわけないだろ。莉乃は、俺が小さい頃から守ってきたお姫様なんだから」  橘莉乃は、甘えるようにくすくすと笑った。その声には、愛されていることを疑わない者だけが持つ、無邪気な傲慢さが滲んでいた。 「未来のお義姉さんって、本当に独占欲が強いよね。私なんて、まだ男女のこともよく分からない子どもなのに。この前だって、怜司お兄ちゃんの背中をお風呂で流してあげただけで、怖い顔して警告してきたんだよ。子どもの世界は綺麗なのにね。あの人みたいに、何を見ても汚いって思う大人とは違うのに」  私はドアの外で立ち尽くし、ドアノブを握る手に力を込めた。地球の裏側から急いで帰ってきて、彼を喜ばせるつもりだった。けれど彼は、私より先に、笑えない冗談を用意していた。

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カクヨム
カクヨム2026/06/25
  • 現在の作品婚約者が“妹みたいな女”と密着ゲームをしていたので、誕生日会で破滅を贈りました