あらすじ

横浜・慶運寺。そこには、「安全」のために街が最適化され、段差のような不均一な場所が徹底的に排除された近未来の世界がある。街の凹凸が消えるとともに、人々はその場所にあったはずの日常や記憶までも失っていた。 設計に関わった太郎は、消えた街の「段差」の記憶を拓本として残す葵と共に、寺の奥に眠る謎の「黒い箱」の番をしていた。その箱を開ければ、都市の判断を巻き戻し、失われた場所を取り戻せる可能性がある。しかし、過去にそれを試みた際、予期せぬ消失や不幸を招いたという重い代償があった。 「箱を開けたい」と願う男・龍司は、かつて救えなかった人々への贖罪から解放を急ぐ。対して太郎と葵は、失われた場所への思いを封筒に「理由」として書き記し、拍に合わせて供養する「未決の儀」を続ける。彼らにとってそれは、過去を強引に変えるのではなく、失われたものへの敬意を払い、人々の記憶を継承し続けるための手段だった。 街は平らになり、誰もつまずかなくなった。しかし、人々の足の裏だけは、消えた段差を確かに覚えている。物語は、開かれない箱を守りながら、消えた記憶への祈りを捧げ続ける太郎たちの姿を描く。やがて儀式は若い世代にも伝わり、彼らは記憶の拍を刻み続ける。箱は開かれないままだが、人々の心と足の裏には、確かに大切な記憶が残り続けるのである。

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小説を読もう2026/06/25
  • 現在の作品ひらかぬ玉手箱 ー慶運寺 二〇三七年ー