あらすじ
六月の終わりの鎌倉。
高校生の水野透は、現代文教師の杉原夏帆の授業を待つようになっていた。
夏帆先生の言葉は、教科書の文章をただの文字ではなく、
人の体温を持ったものに変えてくれる。
進路希望の空白を責めずに受けとめてくれたこと。
私物の本を貸してくれたこと。
雨の日、同じ傘の下で淡い虹を見上げたこと。
先生に会うと、うれしい。
先生に会うと、苦しい。
けれどその感情に、透は名前をつけられなかった。
恋と呼ぶには近づけず、
憧れと呼ぶには痛すぎた。
そして夏の終わり、江の電の車内で透は言ってしまう。
「先生に会うと……苦しいです」
叶わなかった。
でも、なかったことにはならなかった。
鎌倉の夏に残された、名前のない初恋の物語。