あらすじ
プロローグ
「おい、また風が教えてくれた、か?」
馴染みの刑事、佐藤はあきれたように額を押さえた。
ブルーシートが敷かれた狭い路地裏。そこに残された「何か」の気配を追いかけるように、私——風間 絆(かざま きずな)はコンクリートに膝をついていた。
ビル風がゴウゴウと吹き抜けるたび、私の耳には、他の誰にも聞こえない「声」が届く。
『痛い、痛いよ』
『上から、突き落とされたの』
『あの男、まだ上にいる……』
それは、数時間前にこの場所で命を落とした被害者の、最期の記憶を孕んだ大気の呟きだった。
「佐藤さん、これは自殺じゃない。他殺だ。犯人はまだこのビルの中に隠れている」
私がそう告げても、佐藤はため息を深くつくだけだった。
「風間、お前の『耳』が良いのは知ってるがね。風の声がどうだなんてファンタジー、裁判所が信じると思うか? 必要なのは物証だ、目に見える確かな証拠だよ。それがないなら、ただの妄想だ」
「分かっている」
私は立ち上がり、コートの襟を立てた。
この世界は、私にしか聞こえない真実で満ちている。だからこそ、私はその「見えない声」を、誰もが認めざるを得ない「形ある証拠」へと翻訳しなければならない。
たとえ、世界中の誰も私を信じてくれなくとも。
吹き抜ける風だけは、絶対に嘘をつかないのだから。