あらすじ
ヘテロクロミアの伯爵令嬢シルヴィアは、左足に痛みを抱え、母と同じ琥珀色の左目を閉じて生きてきた。
縁談相手のアルトシュタインは、彼女に言う。
「お身体のことも、お目のことも、私は気にしません」と。
だがシルヴィアには、その寛大さが耐えがたかった。
彼が見ているのは自分ではなく、「欠けた令嬢を受け入れる寛大な男」としての自分だったからだ。
家に決められた嫁入りを前に、シルヴィアは亡き母の料理帳を手にする。
そこには、料理の覚書とともに、母の願いが残されていた。
――シルヴィアがいつか、自分の台所を持てますように。
行商人ヴィンツェンスの荷馬車に乗り込んだシルヴィアは、雨宿りの豆スープ、市場の煮込み、宿場の鍋を通じて、自分が本当に立てる場所を知っていく。
杖をつき、匙を握り、鍋の前に立つ。
長く立てない日は、座って味を決めればいい。
これは、誰かに受け入れられるためではなく、自分の皿を出すために家を出た令嬢が、港町の小さな料理屋「杖と匙亭」の女将になるまでの物語。