あらすじ
「氷点下の女」と呼ばれる氷魔術師リュシアには、誰にも言えない秘密がある。
依頼人の氷菓子職人ルカの前でだけ、氷が作れない。
名前を呼ばれると溶ける。笑顔を向けられると溶ける。「綺麗ですね」と言われると、業務用氷柱が音もなく水になる。通算失敗回数、十二回。
原因究明のため手帳に書き連ねた「失敗条件」の結論は——依頼人が悪い。
冷却護符を三枚貼り、感情抑制の魔法陣を手のひらに描いても、ルカが氷室に入ってきた瞬間に壁の霜が溶けた。ようやく形を保った氷柱は、ハート型だった。
そんな失敗作を、ルカは「綺麗ですね」と言って丁寧に扱う。溶けかけの氷から新作菓子を作り、「今日の氷は、照れているときの溶け方です」などと言う。
——誰が照れているんですか。
王都の春祭りを前に、ルカから依頼が届く。「好きな人に食べてもらう氷菓子に使います」と。
冷静沈着な氷点下の魔術師は、初めて、氷より自分の温度の方が問題だと気づく。
溶けてはいけない。でも、もう冷たいふりもできなかった。