あらすじ
仲間を逃がすため、カインは一人で殿《しんがり》に残った。
崩れかけた渓谷。
押し寄せる鬼人の群れ。
血だらけになりながらも笑って戦い続けた彼の姿を、仲間たちは今でも忘れられない。
聖女イリスは、その話になると泣きそうな顔をする。
女騎士セレナは「もう二度とお前だけに背負わせない」と剣を握る。
斥候のリタは、カインが戦場で笑うだけで青ざめる。
彼女たちにとって、カインは自分の命を投げ出して仲間を救った英雄だった。
だが、本人だけが知っている。
あれは献身でも勇気でもない。
恐怖をごまかすための笑顔でもない。
カインは、人を斬ることに性的な興奮を覚える体をしていた。
殺す気で向かってきた敵の首に刃を入れ、その命が自分の手で途切れる瞬間。
それが、どうしようもなく気持ちいい。
血だらけで笑っていたのは、仲間を安心させるためじゃない。
あまりにも昂って、顔を戻せなかっただけだ。
しかし、そんな最低の本音を言えるわけがない。
言えば聖女は泣く。
女騎士には軽蔑される。
斥候には一生ネタにされる。
そして童貞のまま人生が終わる。
だからカインは黙っている。
自己犠牲の英雄という、身に覚えのない評価を背負ったまま。
これは、殺しの快楽を絶対に隠したい童貞剣士と、彼を英雄だと信じて曇っていく仲間たちの、最低で重い勘違いファンタジー。