あらすじ

扇を閉じる音は、夜会では誰の耳にも届かない。 それでも私は、夜会の控えで、その音を確かに数えてきた。 婚約者の隣の席。 私のために用意されたはずの、その一席を、別の令嬢に譲った回数。 三十二回。 三年の婚約期間で、ちょうど三十二回だった。 婚約者は、いつも同じ言葉でそれを願う。 「彼女は家族同然なんだ。君なら分かってくれる」 家族同然のその令嬢が、また馬車寄せに着いた夜のことだった。 私は、三十二回目の席を譲った。 そして、扇を閉じた。 「分かる」という言葉を、もう、続けたくなかった。 私は、自分から婚約者を辞めることを決めた。 決めた翌朝、思いがけない方から、思いがけない便が届いた。 私の三年を、私が知らない場所で、誰かがずっと数えていたのだという。 譲った席の数を、私と同じ回数で。 私は、自分の三年が、一人だけの紙の上にあったのではないことを、初めて知った。 私の三十二回を、誰が、どんな顔で、数えていたのだろう。

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小説を読もう2026/05/25
  • 現在の作品『彼女は家族同然なんだ』と繰り返すあなたへ。では、私は婚約者を辞めます