あらすじ
扇を閉じる音は、夜会では誰の耳にも届かない。
それでも私は、夜会の控えで、その音を確かに数えてきた。
婚約者の隣の席。
私のために用意されたはずの、その一席を、別の令嬢に譲った回数。
三十二回。
三年の婚約期間で、ちょうど三十二回だった。
婚約者は、いつも同じ言葉でそれを願う。
「彼女は家族同然なんだ。君なら分かってくれる」
家族同然のその令嬢が、また馬車寄せに着いた夜のことだった。
私は、三十二回目の席を譲った。
そして、扇を閉じた。
「分かる」という言葉を、もう、続けたくなかった。
私は、自分から婚約者を辞めることを決めた。
決めた翌朝、思いがけない方から、思いがけない便が届いた。
私の三年を、私が知らない場所で、誰かがずっと数えていたのだという。
譲った席の数を、私と同じ回数で。
私は、自分の三年が、一人だけの紙の上にあったのではないことを、初めて知った。
私の三十二回を、誰が、どんな顔で、数えていたのだろう。