あらすじ
AIで描かれた絵。
AIで書かれた文章。
AIで作られた音楽。
それを、まるで自分ひとりの才能だけで生み出したように語る人が増えている。
「全部、自分で作りました」
そう胸を張る人もいる。
けれど本当は、何千何万という過去の作品、無数の知識、膨大な人間の努力の上にAIは立っている。
それなのに、まるで神様になったような顔をする人がいる。
少し怖い時代だと思う。
昔は、絵を描くには何年も修行が必要だった。
小説を書くには、苦しみながら言葉を覚えた。
音楽を作るには、指が痛くなるほど練習した。
今は数秒で形になる。
便利だ。
夢みたいだ。
才能がなくても表現できる。
それ自体は悪くない。
むしろ、救われる人も多い。
けれど問題は、「道具」を「自分の実力そのもの」と勘違いし始めることだ。
包丁を使った人が、鉄を鍛えた職人の顔をするような違和感。
もちろん、AIを上手く使う力も才能だ。
発想力も必要だ。
編集力も、選ぶ力もいる。
だが、本当にすごい人ほど不思議と威張らない。
「AIに助けてもらった」
「みんなのおかげで作れた」
そう自然に言える。
逆に、自信のない人ほど「全部自分の力だ」と大声になる。
人間は昔から変わらない。
写真加工を隠したがる人。
ゴーストライターを黙る人。
部下の成果を奪う上司。
AIは、それを巨大化させただけなのかもしれない。
そして今後、もっと境界は曖昧になる。
どこまでが人間で、どこからがAIか。
誰にもわからなくなる。
だから最後に残るのは、案外シンプルなものかもしれない。
誠実さ。
「これはAIを使いました」
「でも、自分はここを考えました」
そう言える人は、たぶん長く信頼される。
技術は進化しても、人が最後に見るのは人間性だから。