あらすじ
「水瀬ー、麦茶ない」
ソファーから声が飛んできた。
見ると、詩織が俺のスウェットを勝手に着たまま、ポテチを食っている。
「昨日お前が全部飲んだんだろ」
「覚えてない」
こいつは二週間前、サークルの男に秒で振られてうちへ来た。
それから、なんとなくまだいる。
帰れとは、まだ言ってない。
窓の外では、どこかの運動部が声を出していた。
テーブルの端で、スマホが震える。
『まだレジュメ持ってる?』
凛からだった。
少し見て、スマホを伏せる。
「誰?」
「大学のやつ」
「女?」
「まあ」
詩織は「ふーん」とだけ言って、またポテチの袋に手を突っ込んだ。
俺の部屋なのに、最近ずっと、人のいる音がしている。
終わらせられないことばかりが増えて、
俺たちは、まだ他人には戻れない。
■ 水瀬 拓海(みなせ たくみ)
本作の主人公。法学部2年。
「気まずくなること」を避けるために、他人の都合の良い嘘や建前をすべて「なぁなぁ」で受け入れてしまう致命的な事なかれ主義。そのせいで、自分の部屋の境界線を二人の女の子にいいように侵食されている。
■吉川 詩織(しおり)
文学部2年。サークルの同期。
サークルの男に秒で振られ、海の部屋へ転がり込んできた居候。
「怒って追い出す精神的コスト」と「なぁなぁで居座らせておくコスト」を天秤にかけたら後者の方が楽、という拓海のセコさを本能で見抜いている。
■篠原 凛(りん)
法学部2年。同じ学科のスマートな優等生。
もっともらしく端正な嘘を用意して拓海の部屋へと踏み込んでくる。
拓海のセコい言い訳をすべて見抜いた上で、その退路を上品に、かつ一切の逃げ道を残さずに包囲していく。