あらすじ
静かな土を、少女は耕していた。
誰にも見向きされぬ、痩せた庭。
靴の裏についた泥を笑われながら、
それでも彼女は、土を捨てなかった。
「平民は泥でもすすっていろ」
その言葉は冬だった。
凍えるほど冷たく、
胸の奥へ刺さったまま抜けなかった。
破られた教科書。
焼かれた制服。
俯くしかなかった食堂の床。
笑い声だけが、高い天井に響いていた。
けれど。
涙が落ちた場所から、
世界は静かに芽吹いた。
雑草を抜き、
石をどけ、
水を引き、
土を撫でる。
愛された大地は応えるように広がった。
庭は丘となり、
丘は森となり、
森は果てなき神域となる。
そこには黄金の果実が実った。
炎を宿す葡萄。
命を湛える林檎。
神話の時代にしか存在しない、奇跡の恵み。
少女は素足で果実を踏む。
白い足首を濡らしながら、
黄金の雫は樽へ落ちる。
芳醇な香り。
光そのもののような液体。
それは神酒。
ネクタル。
死にかけた老人を蘇らせ、
老いた王に若さを与え、
世界の価値を塗り替えた。
やがて、かつて彼女を嗤った者たちが、
神域の門へ辿り着く。
誇りを失い、
財を失い、
膝を折り、
泥にまみれて。
玉座の少女は、静かに微笑む。
「あら――」
翡翠の瞳が細められる。
「泥をすする平民に、何か御用?」
かつて刃だった言葉は、
今は絶望となって返る。
誰かを踏みにじって得た栄華は滅び、
土を愛した少女だけが、
最後に世界を手に入れた。
神域は今日も広がり続ける。
もう、誰にも奪われない。
もう、誰にも嗤わせない。
泥の中で泣いていた少女は、
ついに神々の庭の主となったのだから。