あらすじ

観劇の桟敷席で、ベアトリスの隣の椅子はいつも空いていた。 婚約者は今夜も従妹に付き添い、別の席に移っている。 「君は強いから大丈夫」。 五年間、その一言で済まされてきた。 侯爵令嬢として、領地の書類を整え、夜会を仕切る。 公爵子息の代わりに、騎士団の合同稽古さえ進行する。 すべて家のためだと信じてきた。 ただ、扇を握る彼女の指は、いつのまにか震えていた。 幕間ですれ違った異国の王太子は、その指の震えを一目で見抜く。 何も言わず、温度を整えた飲み物だけを、給仕に運ばせた。 誰にも気づかれないと思っていたのに、見ていた人がいた。 その夜から、ベアトリスの足元の位置が、わずかにずれ始める。 忘れられた招待状。 別便で届く従妹宛の手紙。 扇の陰でかわされる、二度の視線。 五年間、彼女を強いと呼んで頼ってきた人々は、もう気づき始めていた。 公爵夫人が、ある日、卓上の扇を一度だけ強く閉じる。 その乾いた音は、何を意味していたのか。 「強くいることを、辞めます」。 そう告げる日が来たとき、彼女の指はもう、扇を握りしめていない。 ただ、王太子はなぜ、あの夜の指の震えに気づけたのか。 それは、彼自身が抱える、ある過去に関わっている。 彼女が次に選ぶのは、強くいなくてもよい時間だろうか。

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小説を読もう2026/05/22
  • 現在の作品「君は強いから大丈夫」と言われ続けたので、強くいることを辞めます