あらすじ
こんなはずじゃなかった。
「では聖女、暴れず頭を垂れなさい。貴女も辛いのは嫌でしょう」
こんなはずじゃなかった…。
「貴女が悪いのです。上手に使ってあげようと思っていたのに…」
こんなはずじゃ、なかった…!
「知らずとも良いことを知ってしまった、視てしまった。貴女がね」
じめじめした薄暗い地下牢の生臭い温度とは対照的に、ひんやりと冷たい刃が嘲笑うように首に触れる。
心臓が痛いほど波打ち、同じリズムで喘ぐような呼吸が漏れる。まるでここに空気など無いかのように、まるで首でも絞められているかのように。あまりの緊張で上手く息が出来ない。
許しを乞う罪人のように頭を床に押し付けられる。きっとその勢いで頬も切れているが、もうどこが痛いのかさえ分からない。
腕は血が止まるほどきつく縄で結ばれ、濡れるほど汗ばんでなおろくに動きもしない。
見えるのはこの世界で最も慕った女性の靴の爪先と、私を抑え込む男の太い腕だけ。
「やりなさい」
何の情も、躊躇いも一切無い声。今までだって、幾度もこうしてきたのだろう。私が知らなかっただけで。
鈴のように静かに凛と響く声の主が踵を返す。
それを合図に、風を裂くような音を纏った重い刃が振り上げられ、その先端が硬い床にすら反射して煌めいたような気がした。
(助けて、お父さん)
眩しい。
(…私の、可愛い…かわいい弟)
その煌めきは一瞬で視界を塗り潰し。
(……会いたい)
(…お母さん………)
後は音も無く。
私は愛しい家族の顔も見えない遠い世界の果てで、一人尽きた。