あらすじ
「レイン・ノクス。貴様と令嬢との婚約を、今ここで破棄する」
数百人が見守る中庭で、第二王子がそう宣言した。
俺の返答はただ一言。
「——あ、そっすか」
三年間、「無能」と笑われてきた、死神の紋章を持つ落ちこぼれ、役立たず、勉学平均以下の平民。
それでも俺は特に気にしていなかった。昼寝ができて、誰の迷惑にもならなければそれで十分だと思っていたから。
ところが婚約破棄を宣告されたその瞬間、人込みをかき分けて一人の少女が歩いてくる。
学年トップの成績。魔力測定で計測不能。剣術大会では教官を相手に五本取り「もう教えることがない」と言わしめた、竜王国の第一王女——セレフィーナ・ドラグニス。
「失礼を承知で申し上げます。——私と、結婚してください」
三年前、密林で罠にかかっていた銀竜の子を助けたことがある。あれがこの人だったらしい。竜族には生涯に一度だけ魂で決まる「番」というものがあり、あの瞬間に決まったと言う。
三ヶ月間ずっと声をかけるタイミングを探していたと言う。そして今日、俺の婚約が終わったのを聞いて、足が動いたらしい。
それと同時に、この三年間俺が「普通にしてきたこと」が次々と暴露されはじめた。
泉の地脈を直した? 大陸規模の大魔術師が何年もかけてやる作業らしい。
魔力炉を一晩で安定させた? それも普通じゃなかったらしい。
寝ながら川の流れを変えた? 「寝ながら、ですか」と絶句された。
暇で書いた課題レポートは、専門家三人が「即時発表すべき学術論文」と言ったらしい。
俺には全く心当たりがない。普通にやっていただけだ。
実績が明らかになった途端、婚約破棄を言い渡した令嬢が突然甘い声で「戻ってきてほしい」と近づいてきた。
俺には、返す言葉が何も見つからなかった。
婚約破棄の翌月——エヴァンス侯爵家が、領地の一部を没収された。川への不正が発覚したらしい。第二王子も、令嬢との仲も、人心も、全部ひとりでに崩れていった。
俺は何もしていない。本当に、何も。
「あなたは本当に、とんでもない方ですね」
その事実とも言える言葉だけが、この学園内に響く。