あらすじ

「三年で土台を作る、それが、ヨキエルに来る人たちの責任です」 入社の最終面接で耳にした、その一言が頭から離れなかった。 桐谷蒼太、二十二歳。地方の県立大学を卒業し、四方を山に囲まれた人口三十万の盆地・港川市の中小IT企業、株式会社ヨキエルに新卒で入社する。社員九十五名、創業五十五年、四代目社長は新卒入社で四十五年勤めた村瀬正之。 入社初日の朝、蒼太は買ったばかりのノートに、一行だけ書いた。 ——観察を始める。 同期は六人。葉山美月、黒木律、アユシュ・タパ、丸山健司、杉本結、そして蒼太。配属先で出会う先輩は四人。すぐ「LGTM!」と承認する赤坂、二十二件の丁寧なレビューを返してくる白瀬、初めての1on1で「三つの期待」を渡してくれる諏訪マネージャー、居酒屋「とんぼ」で「権限と責任の乖離」を語る間宮。 「うちは優しい人ばっかりだから」 何度も聞かされるその言葉に、蒼太はわずかな引っ掛かりを覚える。 赤坂さんの「LGTM」と、白瀬さんの「二十二件」。同じ「優しい」のはずなのに、何かが違う。 蒼太はノートを開き、観察を書き留めていく。先輩の言葉。マネージャーの機嫌の波。同期の語尾の差。職場で交わされる悪口の輪。そこに加わらない一人の沈黙。 九十五名の小さな会社の、半径3メートルの観察。 CTO遠野の語る「半径3メートル」とは何か。村瀬社長が「家族みたい」を言わなかった理由。新卒を迎える牧野マネージャーの「歓迎会」を、蒼太が初めて断った夜。 季節は春から夏、秋を経て、雪の港川市へ。 一年目の終わり、蒼太はノートを最初から最後まで読み返す。「磨いてくれる優しさ」と「放置する優しさ」——二種類の優しさの、その向こう側に、まだ言葉にならない優しさが、いくつか残されていることに、蒼太は気付く。 翌春、桜並木通りで、蒼太は新人の影とすれ違う。 ——観察するだけの一年は、今日で終わる。 新卒エンジニアの一年目を描く、群像劇小説。

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小説を読もう2026/05/21
  • 現在の作品新卒エンジニア、観察ノートを開く(上巻) 観察を、始める