あらすじ
深夜の死体安置室。
法医学者・瀬名悠が、身元不明の溺死体に最初のメスを入れようとして、その手が止まった。
遺体の左鎖骨の下に、三日月形のくぼみがある。先天性の皮膚陥没だ。瀬名は無意識に、自分の同じ場所を触った。同じ形が、同じ座標に、あった……。
三週間後、解析結果が出る。二つのゲノムは、ほぼ完全に一致していた。
遺体は、もう一人の自分だった。
データベースに残された記録が、すべてを語る。瀬名の三十二年間は「最小介入群」の自然経過として観察されていた。失敗ケースとして。コントロール群として。
しかし遺体には、死の直前に書かれた論文が残されていた。最後の一行はこうだ。
「あなたが誰かは知らない。でも、あなたは私よりずっと自由だった。うらやましい。」
同じ遺伝子を持ちながら、最高の環境を与えられた「天才」が、何も与えられなかった「失敗作」を羨んだ。その逆説の意味を、瀬名は探すことになる。
遺伝子は設計できる。しかし人生は──。